NHKスペシャル ヒューマン なぜ人間になれたのか 旅はアフリカからはじまった

藤原竜也をメインMCにすえて4回放送で人間とは何かについて研究するドキュメント。今人間を解き明かそうとする挑戦が、脳科学、動物学、考古学などさまざまな分野から行われている。その最新の成果をもとに人間とは何かを解き明かす。


第1回の舞台は人類発祥の地アフリカ。厳しい環境変動に本能されてきた先祖は、その中でなぜ生き延びられたのか。それは人間だけの特殊な協力にある。人類20万年の壮大な旅。はるかなる先祖から受け継がれてきてものは?人類がみな奥底に秘めている力とは?人類20万年の人間らしさにせまる壮大な冒険の旅。旅はアフリカから始まった。
人間はホモサピエンスと呼ばれる。地球上に誕生したのはおよそ20万年前。その当時見た目は現代の人類とほぼ同じであったらしい。人類誕生から20万年のうち、その4分の3がアフリカだけで生きていた。世界に拡散したのはここ5万年くらい。ほかの生き物と何が違い、どうやって世界中に反映したのか?
謎を解く鍵は南アフリカ喜望峰から東へ300キロにあるブロンボス洞窟にある。ここの世界中に研究者の熱い視線が集まっている。他の生き物とは違うちょっと変わった暮らしを始めた祖先たちの最も古い証拠が見つかっている。この日は10万年前の地層からまた新たな発見があった。ただの四角い石に見えるが表面を削ったあとに見える。酸化鉄を含んだ石で絵の具にも使われる。何かを表現するために体に色を塗っていたことが考えられる。つまりこれは10万年前の化粧道具だった。洞窟からはこれまでにもおしゃれな装飾品として、1センチほどの貝殻が規則ただしく並んだものがみつかり、これは人類最古の首飾りだと言われている。人類が美しいものをつくることに一生懸命になっていて、首飾りはこれを作っていた人々にとって特別な心をたくしたシンボルだと思われる。
10万年以上前のはるかな昔、人間は他の生き物と違いおしゃれにいそしんでいた。祖先のおしゃれは自分を飾りたいだけではなく、まったく違う他の理由があった。それを解く鍵は現代にあった。場所はアフリカのナミビアカラハリ砂漠。火のまわりを踊る人々。遠い祖先と同じような暮らしを今尚守っているサンという人々。彼らは山ほどの首飾りをつけている。一緒に住んでいるのは3世代20人ほどの家族。私たちの祖先もこうした小さな血縁集団で暮らしていた。首飾り作りは大事な日課だが、それは自分を着飾るためでない。今つけている首飾りも自分で作ったものではないという。娘や義理の娘から首飾りをもらっていて、首飾りが多いということは仲間が多いことを表す。いつでも助けてもらえるということになる。生後3ヶ月を過ぎると赤ちゃんは初めての首飾りをもらう。首飾りをプレゼントするということは、共に行きていこうという心の証。私たちの祖先はサン族と同じ意味合いで使っていたと思われる。同じ化粧で同じグループの仲間と確かめ合い、首飾りをプレゼントすることで絆を強くする。おしゃれは当時の人たちが仲間と協力する心を大切に生きていた証拠だった。
祖先もサンの人々も同じ仲間と確かめあうことがなぜ必要だったのか?アフリカは今も昔も乾燥していて食べ物を見つけることも簡単ではない。探すのは木の実や土の中の芋でいつも同じ場所にあるとは限らないので、仲間で手分けして探す。祖先たちは何万年もこうした暮らしをしてきた。1人がちいさな芋を見つけても独り占めはしないで、みんなで協力して探しみんなで分け合う。協力することで乾燥した大地で人間は生きてきた。


仲間と協力するのは人間らしいが、協力する生き物は人間だけではない。チンパンジーも群れで生きているので協力しているのではないか。チンパンジーの群れと比べることで人間の協力がわかる。なぜチンパンジーで実験するかというと、人間と分かれた兄弟だからだ。700万年前にチンパンジーと猿人に分かれた。今でさえ遺伝子は1%しか変わらない。
チンパンジーの協力行動を調べるため実験をした。同じ群れのチンパンジーを隣り合った部屋にいれ、1匹の部屋から少し離れた手の届かない場所にジュースを置く。隣の部屋にステッキを置き、窓をつけてものをやりとりができるようにする。1匹がステッキに目をつけ貸してくれと手を伸ばすとようやくもう1匹がステッキを渡しジュースをとることができた。数日後に全く同じ実験をしても、今回もう1匹のチンパンジーがステッキを渡さない。貸してくれという行動を起こさないとステッキを渡さない。前回ステッキを渡したお返しがないので、今回渡さないかといわれればそうでもない。ちゃんと貸してくれという行動を起こすとやはりステッキを渡す。明示的に要求されない限り、自発的に渡さない。他人は他人、自分は自分という形でチンパンジーは生きている。
自ら進んで協力することはないチンパンジー。人間とチンパンジーの違いはどこにあるのか。巨大な脳に違いがあるわけではなく、なんと骨盤に違いがあるという。チンパンジーとくらべると人間の骨盤は横長になっている。骨盤が人間の出産方法に大きな違いを産んだ。骨盤は産道の形を決める。横長なので胎児の頭と肩をうまく回転させないと産むことができない。人間の出産は難産で介助の人がいないとできない。人間は子供を生むことからして協力が必要。チンパンジーはその点、誰の手も借りずに母親が1人で産んで1人で育てる。人間は2足歩行に有利なように進化して、骨盤の形も横長で狭くなった。これによる出産の制約こそが協力しあうという人間独自の歩みを決めた。協力しないと子孫を残せない状況に追い込まれた。産道が狭いため、小さく産まれる人間は、一人前に成長するために長い時間がかかる。手助けの内容も子供の成長と共に変化する。時には年長者が先回りして助けることも必要であり、このために人間は自発的に協力するようになった。


協力が弱くなって現代の人類において、今から7年前のイラク戦争で不思議な事が起こった。アメリカ軍が和平交渉をすすめるために、地元の宗教指導者の元を訪れた時に、捕まえに来たと勘違いした地元住民が取り囲んだ。言葉も通じなかったが、アメリカ軍の司令官は笑うんだと指令をだした。空気が一変してアメリカ軍に敵意がないことがわかり、地元住民はおとなしくなった。笑顔を見せるだけできれていた心がつながることがある。
たとえ協力が消えたように思えても、今も尚人間には協力を生み出す仕組みが残っている。イラクの出来事の司令官はいろんな国をまわったが笑顔が通用しない場所はなかったという。争いがあるなかで人々は笑顔になぜ反応したのか?そのために赤ちゃんに備わっている能力を実験で検証している。野菜の入っている籠の絵でひっくり返すと人の顔に見える絵を赤ちゃんに見せて反応を見る。人の顔に見える時の方が活発に脳が反応している。学習などに関係なく生まれつき人の顔に反応する仕組みが人間には備わっていることがわかる。しかも、ただ顔に注目するだけではない。脳卒中で視力を失った男性がいる。視覚野が損傷しているので映像を処理できない。四角や丸などの記号を見せても見えないというが、なぜか人の表情だけは読み取ることができるという。表情だけが読み取れることをブラインドサイトという。医師は装置で脳の活動を調べると、視覚野ではなく扁桃体という動物では危険など命に関わる情報を処理する場所が活発に動いていた。人間の場合は視覚野だけではなくこの扁桃体でも人の表情を判断している。人間は誰でも無意識に人の表情を分析し心を推察している。人間はその歴史の初めから仲間との協力が必要なので、相手のうちにある感情を読み解く能力を身に着けた。これは集団で生きていく仕組み、つまり人間を人間たらしてめている能力。この能力が人間の自発的な協力を生む鍵でもある。


他人のことをお構いなしに、自分たちだけで協力するのは人間以外でもできる。原始的な生物でもできる。キイロタマホコリカビという粘菌の一種は、体長は100分の1ミリ程度。原始的ではあるが、周りにたべものがなくなると、粘菌は協力を始める。10万匹以上があつまり集合体をつくり、まるで1つの生き物のように見える。これは上へ成長し高い場所に胞子をつくり、できるだけ遠くに飛ばす。子孫を残せるのは先端の部分だけで他の部分が犠牲になる。人間にはできない強力である。この協力はとてもすごいが限界がある。同じ森の中でわずか数メートルしか離れていない場所で採取した別のキイロタマホコリカビとさっきのもので、それぞれ色つけをして実験する。混ざり合って暮らしている。食べ物がなくなると、2つのグループが分離しはじめる。最終的には2つに完全に別れる。これは同じ遺伝子、人間で言えば家族、せいぜい親戚のグループの仲間。しかし、人間は違う。人間だけが乗り越えた見ず知らずの他人と協力する能力。
他人との協力なしに生き延びることができない危機が私達の祖先を襲ったという説がある。今からおよそ7万4000年前、アフリカから世界へ広がるおよそ1万年前。遺伝子の調査からアフリカの人口は2万人だった。人類絶滅の危機だった。寒さが襲い食料が減ったのだった。発端はインドネシアスマトラ島でトバ火山の噴火で、長さ100キロ幅30キロの過去10万年間で最大の超巨大噴火だった。火山噴出物は10日間で地球を一周、日の光が遮られ地球全体の平均気温が2年で12度も低下した。火山の冬と呼ばれる現象。広葉常緑樹はアフリカの赤道付近に広く分布していたが、火山の噴火後はアフリカの東海岸の赤道より南の部分だけになった。植物がなくなるとそれを食べていた動物もいなくなり、祖先たちの食べ物も底をついた。寒さに対応することも暖かい場所に移動することもできなかったはず。この時ほとんどの人間が死に、一握りの人間が生き残った。その子孫が今の人類である。
生き残った人類がどういう人間であるのか考古学から調べてみる。トバ火山の噴火の危機の時、血縁関係を超えた協力が見られるようになりそれが生死をわけたと思われる。その根拠は遺跡で見つかった黒曜石である。黒曜石は切れ味がするどく刃物として適している。黒曜石の成分を分析すると産地がわかる。同じ産地の黒曜石を使っていたグループは互いに交流があったとわかる。黒曜石はただの刃物ではなく友好関係を示す贈り物として使われた。ソナチの黒曜石を使っている範囲を調べたところ、火山噴火前は10キロ離れた場所で使われていたが、噴火後は70キロも離れた遺跡からも見つかった。噴火後は交流が増えたことがわかる。遠い友人のところに食料があるとわかれば滞在させてもらい、逆にそこになくなればこちらに招くようになる。この時代、独占せずに助け合った人たちが逆に生き残ったと考えられる。厳しい飢餓の時代は2年以上も続いた。食料を求めてさまよい歩いたはずだ。そのときに出会った人が見ず知らずの場合もある。1度や2度なら戦っても勝ち残ることができたもしれないが、そんな争いを繰り返すと追い詰められることになったのではないか。逆に分かち合った人たちが生き残ることができ、世界中に散ったのではないかと考えられる。
我々がわかちあった人たちの子孫がどうか調べる実験が世界中の伝統的な生活をしている人々、農村、漁村、都市部など15箇所で行われた。それはお金を使った実験だった。誰にも見られない環境で10ドルを自分と見知らぬ相手にわけるものだった。まったく見ず知らずの相手にいくらあげるのか、自分で全部とってもいいし、全部あげてもいい。実験を重ねるうちに個人を超えた集団の結果が見えてきた。アメリカでは自分が53%、相手が47%。世界各地で見知らぬ人に分け与えないところはなく、少なくとも相手に20%はあげることがわかった。世界で共通した傾向がみられた。日本では自分が56、相手が44だった。その見ず知らずの人にも分け与える心は日本人にも受け継がれている。


人間だけが持つ協力をどう守っていけばいいのか?幼児の精神的な病気、戦後すぐにアメリカで発表された報告。親のいない幼児を育てる施設で2歳になるまでに37%が死んでしまった。最も重要な栄養と衛生環境は満たされていた。調査の結果かけていたものはコミュニケーションの欠如だった。幼児に対する話し掛けはほとんど行われておらず、幼児は1人ぼっちだった。心を分かち合う交流がないと人は生きていくことができないということだろうか。人間の持っている力は助けてくれることもあるが、やっかいなことを起こすこともあるのだ。分かち合う心が薄れ病になるのは子供だけではない。児童相談施設には年間8000件もの電話がある。1人ぼっちにされる悩んでしまうので、電話の向こうの見ず知らずの人を助けることができるのも人間だ。
1人1人がそれぞれに生きているかに見えて、分かち合いたいという心をたずさえ生きている。人間とは協力する生き物だ。また新たな協力の形を模索する生き物なのだ。