ビブリア古書堂の事件手帖 第2話「落穂拾ひ」

「落穂拾ひ・聖アンデルセン」この短編集は比較的手に入れやすく、それほど高価というわけではない。ところがなぜか何者かによって持ち去られてしまった。売ってお金に換えることが目的とも思えない。またどうしても欲しくて探していたということでもない。本を売るためでもなく読むためでもなく盗む理由があるとしたら、一体なんなのか?


背取り屋の志田がビブリア古書堂の栞子のところにきて、「落穂拾ひ」が盗まてしまったと言った。志田が妙本寺でトイレを借りている間に、女子高生くらいの女の子が志田の自転車にぶつかった。女の子は袋の中身を確かめてそれから何かを探していた。志田が戻ってきた時には落穂拾ひだけがなくなっていた。女の子が落穂拾いを持ち去ったと思われる。本を売るためだとすると女子高生が古書の値段を意識しているのはおかしいし、たまたま読みたくて探していた本だとしても落穂拾ひは割りと手に入りやすい本なのでおかしい、自分の本と間違えて持っていったとすると別の本がその場に残っているはずと理由は分からなかった。売るためでもなく読むためでもなく本を盗む理由が今回の事件のポイントだと栞子は言った。本を盗んだ理由が彼女を探す手掛かりになるとも言った。
事件の時、志田がトイレから戻ってきた時には、笠井という背取り屋仲間が自転車を立てて本を拾い集めてくれていた。笠井とは本の在庫の交換で待ち合わせをしていた。笠井は慌てた様子の女の子がバス停の方に走り去っていったのを目撃していた。笠井に詳しい話を聞こうということになったが、志田は「自分の不注意だし、たかが文庫本1冊だ」と話を打ち切り背取りの買取査定を栞子にお願いし、店の奥に消えていった。店の奥は栞子の自宅で、栞子は志田と一緒に住んでいるらしい。2人はどういう関係なのか?と大輔が質問し、特別なんですと栞子が答え大輔は驚く。盗まれた落穂拾いは志田にとって特別な本という意味の特別なんですという返事だった。志田はこの本だけは誰にも売らないと肌身離さず持ち歩いていたらしい。それを聞き大輔は志田に内緒で笠井に会いに行くことを決めた。
大輔は志田が本を盗まれたのと同じ午後3時に妙音寺前で笠井と会った。自転車の会った場所から少し離れた場所で女の子はうずくまり臙脂色の無地の紙袋をごそごそしていた。そこを笠井が通りかかった時に声を掛けられ、ハサミを貸した。ハサミを返してもらった時には水滴がついていた。女の子はバス停の方に走って行き、バスに客を乗せて走り去った後で間に合ったはずだが女の子はバスに乗らずに1人だけ残っていた。
大輔はその話を栞子に報告した。栞子は黙って考えていたが口を開き、志田が買取をした絶版文庫のラインナップを全部言った。すべてちくま文庫講談社学術文庫だった。栞子は大輔に本を構成するパーツをあげさせた。紙と文字、表紙とカバー、それだけでしょうと大輔は答えた。「彼女が何をしようとしていて何のために本を盗んだのか答えが分かったような気がする。もし私の想像が正しければ彼女はやはり本を売るためも読むためでもない。彼女のとって落穂拾ひは何の価値もないただの本です。しかし、落穂拾ひでないといけなかった」と栞子は言った。たまたまということはないのですかと大輔は食い下がる。栞子は想像してみてくださいと続ける。
「あなたは今バス停に向かって慌てて走っています。なぜですか?」と栞子は質問し、「バスに乗りたいから」と答えた大輔にもう少し考えてみてくださいと促した。「バス停にはすでにバスを待っている客がいたんじゃないですか?」と言われ、大輔は笠井と話している時にもバス停に待っている客がいたことを思い出した。どうして客がいると分かったのですかと大輔が質問すると、笠井の客を乗せて走り去ったという発言からそのことがわかっていた。「バス停にいたのは高校生の男の子じゃないですか?」と客の種類まで言い当てた。女の子がバスに乗らなかったのは、その男の子に会うことが目的でバスに乗る前に捕まえるために急いでいた。それを聞き大輔はまた明日バス停に行ってみることにした。栞子が確実かどうかわからないと急に弱気になると、大輔は本を見ただけでばあちゃんの過去を言い当てたので栞子の言うことを信じますと答えた。
翌日、大輔がバス停で待っていると高校生の男の子が現れた。大輔は向こうから急いで走ってきた同じ年くらいの女の子に会わなかったかと質問した。はぁと男の子は訳のわからなそうな返事をしたが、あの女の知り合い?俺に文句でもあるわけ?と突っかかってきた。大輔が女の子の連絡先を聞くと、男の子は携帯電話を見せ小菅奈緒という名前と連絡先を教えてくれた。大輔は男の子にストーカーかヤクザだと勘違いされてしまった。男の子は女の子とはただのクラスメートらしい。何を話したか聞くと、男のは前からその女の子の態度がでかくて気に入らなかったようで、その時は誕生日プレゼントを渡されたらしい。しかしお前になんか祝われたくねぇよと答えると女の子はぽかーんとしていたらしい。その様子でまじざまぁとすっきりしたらしい。
連絡先を手に入れビブリア古書堂に戻ってきた大輔だったが、連絡をとるかどうかは迷っていた。奈緒にも何か事情があったのじゃないかと思うし、失恋して傷ついた女の子を追い詰めるのも気が引けると栞子に話した。大輔は落穂拾ひがそんなに珍しい本ではないことを確認し、自分で探して買ってくることに決めた。
何軒かの古書店を巡り大輔はようやく落穂拾ひを見つけた。カウンターまで本を持っていた所で志田と偶然会ってしまった。買おうとした本が落穂拾ひだと分かると志田は戻して来いと言った。志田は大輔を飲みに誘った。
妙本寺の階段でカップ酒をあけて2人で飲んだ。落穂拾ひの内容を大輔は志田に聞いた。主人公は貧乏小説家の男で毎日何をするわけでもなく過ごしていた。ある日古本屋を経営する若い娘と出会い、誕生日に爪切りと耳かきをもらう。それで終わりの話。あるわけがない願望だとわかっていて作者も書いている、だから良いんだと志田は言った。志田はある日突然会社が倒産してホームレスをやっていた。家のローンも払えなくなって家族はでていき、全部捨ててしまうことにした時に、落穂拾ひをなんとなく手に取り持って行こうと思ったらしい。何年も時間がたち何度も読み返しているうちに意味合いが変わってしまった。その本が自分が生きていた人生の象徴、幸せな生活が確かにそこにあったんだと確認できる唯一の証になった。代わりのきかないお守りみたいなもので、だから同じタイトルの本ではなんの意味もないと語った。大輔が寂しそうな顔をすると、志田は「これは神様がそろそろ過去を引きずるのはやめて前に進めと言っているのかもしれない」と言った。大輔は小菅に電話をかけてみたが留守番電話だったのでメッセージを吹き込んでおいた。
大輔と栞子はCAFE甘庵で奈緒を待っていた。抹茶を注文して待ち続けた。店長の藤田が何度も誰を待っているのか気にして現れた。夜になっても結局奈緒は現れず、店をでた。
翌日ビブリア古書堂で大輔はパソコンで奈緒からの返信がないかチェックしていたがなかった。そこに高校生くらいの女の子が嘉田令太郎の本をカウンターに持ってきた。本が好きで古書店にもよく来ると言っていたが、7200円ですと栞子が言うと、こんなボロい本がそんなに高いの?持ち合わせがないのでまた今度来ますと女の子は立ち去ろうとした。栞子は女の子を引き止め、初めて古書店に来たのじゃないですか?あなた小菅奈緒さんでしょ?と言った。女の子は「そうだけど、だから何?」と答えた。
大輔と栞子と奈緒はCAFE甘庵に場所を移し話を始めた。メールアドレスはバス停で会った男の子から聞いたと正直に大輔は話した。本のことは男の子には話していないと大輔は言った。大輔があの本は大事な本だから返して欲しいと頼むと、あんたになんか何があったかわからないんだからと奈緒はわめきはじめた。「何があったか大体分かります、本が返ってくれそれでいいと思っています」と栞子がいった。何が分かってんのと奈緒は栞子に詰め寄った。
栞子は説明を始める。あの日奈緒は男の子の誕生日プレゼントにお菓子を作った。ハサミの水滴は保冷剤のせい。誕生日、紙袋、ハサミ、保冷剤からお菓子だと分かった。奈緒はお菓子を臙脂色のリボンをつけてラッピングし、紙袋に入れて家をでた。男の子がいつもバス停からバスの乗るを知っていたのでそこに向かった。志田の自転車にぶつかるとお菓子は無事だったが、ラッピングが崩れていた。飾りの造花が崩れていてそれを直すには紐が必要だった。そこで栞子は手持ちの本から栞になるスピンと呼ばれる臙脂色のひもを見せた。昔は大抵の文庫についていたが、現在では新潮文庫にしかスピンはついていない。奈緒はラッピングを直すためにスピンが欲しくて落穂拾ひを盗んだ。
「どこかで見てたの?リボンの色や中身は私しか知らないはず」と奈緒がいうと、スピンの色から想像がつくと栞子は答えた。文庫本のスピンは長くないので直せるものは限られる。奈緒は最初スピンを手ではずそうとしたが簡単にとれず、通りかかった笠井にハサミを借りた。ハサミは保冷剤の上に置かれたので水滴がついた。スピンをとった本は用済みだったが笠井に見られていたので捨てることもできず、とにかくプレゼントを渡そうと本を持ったままバス停に向かった。でもプレゼントは受け取ってもらえなかった。すべて言い当てた栞子に奈緒はすごいねと言った。
本を返してもらえるかと聞いた大輔に、奈緒は「だめ、今は返せない」と答えた。盗んだものを返さないのはと怒り出す大輔に、奈緒も返せないものは返せないんだよと怒りだして店を出て行ったしまった。大丈夫ですと栞子は大輔を引き止めた。彼女はまた戻ってきますと栞子は言った。
大輔と栞子がビブリア古書堂に帰るとちょうど志田と鉢合わせてしまった。栞子の自宅に入り、今までのことを志田に話した。大輔は夕食に誘われた。志田が食事や洗濯などの火事を全部やっているらしい。志田と栞子は赤の他人だが、ホームレスをやっていて店に本を持ち込んでいる時に、栞子の母親に何か役に立つと目をつけられて一部屋貸してもらいそのまま住み着いた。栞子の母親の話になるとみんな口をつぐんだ。
夜遅かったが、店に客が来ていた。文也が店はもう終わっている応対しもめていたところに、大輔が入ってきて志田を呼んでくると言った。客は奈緒で志田を訪ねてきたようだった。志田と奈緒が話している様子をドアの隙間を開けて覗いている。なんで戻ってくると分かったのかと大輔が問うと、「本を読んでいたから。返さないじゃなくて今は返せないと言ったので、本は処分していなくて返す意志もあるという意味だった」と栞子は答えた。
奈緒は落穂拾ひを返し謝った。それにお詫びの気持ちとして爪切りと耳かきを渡した。奈緒は「この本は願望いっぱい。こんな女いねぇよ。でもそれも分かってあえて書いてる。それがはっきりしてるからいい話なのかなと思った」と言った。志田が本のスピンをなでながら「かわいそうにな」とつぶやいた。どうしても直らなくごめんなさいと奈緒が謝ると、「あんたのことだよ。こんなことまでしてがんばったのにプレゼント受け取ってもらえなかったんだろう」と志田が言った。奈緒はあんなこともうどうだっていいと自棄になっていた。「どうでもよくはない。気持ちを踏みにじられて傷ついた。そんな嘘をつかなくてもいい。普段のあんたの関わりのある人間はここにはいないから、よければ俺に話してみないか」と志田は言った。それでも断る奈緒だったが、話しても意味もないし役にも立たないかもしれないがと志田は言い「落穂拾ひにもあったろう。何かの役に立つということを抜きにして、僕らがお互いを必要としあう間柄になれたらどんなにいいことだろう。甘ったるいけど胸に染みる言葉じゃないか。」と話すことを促した。奈緒は泣きながら話し始めた。
大輔が帰る時になって、栞子は落穂拾ひのことでこんなに大輔が一生懸命になるのは意外だったと言った。志田の「落穂拾ひ」は大輔の「それから」と同じで特別なのだと思ったと言った。失ってしまうのはあまりに悲しいしどうにか取り戻してあげたいと思ったと続けた。大輔は栞子の言っていた本の中に書かれている物語だけではなく、本そのものにも物語があるという意味がわかってきたと大輔は話した。でも僕は本が読めないけどとおどけてもみせた。