ビブリア古書堂の事件手帖 第3話「論理学入門」

ある1冊と本と出会うことによって人生観が変わる経験のある人も少なくない。そこにつづられた言葉には、それだけの力がやどっている。そんなかけがえのない1冊をあえて手放す理由があるとしたら、どんなことが考えられるか?


トンネルの中を歩いていく男性。警察の検問を避けるように細い道を進んでいく。パトカーのサイレンを気にしながらビブリア古書堂に入り、1冊の本を買い取ってもらうようにお願いするサングラスにニット帽の強面の男性。明日の午後4時に来るので査定は明日までいいと言って店を出て行ってしまった。
栞子は久しぶりの青木文庫だと喜んでいた。今回の本は状態も良くなくて売値も500円と査定した。青木文庫は1950年代から30年ほど刊行されていた総合文庫で、社会科学の理論書や昔の共産圏の文学作品の多くがここからでていた。今回買取を依頼された論理学入門は論理学の解説書で版を重ねているロングセラー。この本で解説しているのは形式論理学で、例をあげるとA=B=C故にA=Cという三段論法の構造を形式的に解説している。今回の本は1955年の初版本で私本閲覧許可証が貼ってあった。
刑務所の図書館から受刑者に貸し出される本を官本、受刑者が私物として持っている本を私本という。買取依頼をした人は刑務所にいて、109が受刑者番号と思われる。そこにCAFE甘庵の藤波店長が現れて「脱走犯だったりして」と言った。藤波はカナダの刑務所から脱走した殺人犯の話を始めた。外壁保守のために組んだ足場を使い逃げて、鎌倉駅で目撃情報があり今警察が必死で捜索をしている。身長175センチくらい中肉中背、サングラスにニット帽という服装らしい。それを聞き大輔と栞子は顔を見合わせる。
帰ってきた志田に脱走犯が本を売りに来たと話すと飛躍しすぎだろうと一蹴された。大輔は脱走犯のニュースを見ている。ニュースの映像でも本を売りに来た男によく似た男が映されていた。明日査定結果を聞きに来ると焦っていて、文字も買取依頼書の枠をはみでていて、コートのボタンも掛け違えていて、様子がおかしかったと大輔は伝える。藤波はまだ店内にいて決まりだと言った。朝に鎌倉駅での目撃情報があり、慌てていたのは警察に追われていたからで、コートは囚人服では寒さに耐えられなかったから盗み急いで来たのでボタンを掛け違えた、字がはみ出ていたのは寒さと疲労で手が震えていたからと推理した。
栞子はそれに反対のようで、いつものように想像してくださいと話し始めた。警察に追われて逃げているとしてビブリア古書堂に入ることにした。なぜ本を売ろうとしたのか?大輔は追っ手から隠れたが本を買うお金がないので査定を頼んでごまかしたという案。志田は一文無しなので当座のお金がほしかった案。藤波は査定額をふっかけてお金を脅し取る案。栞子はどれも違うと言ったが理由は思い浮かばなかった。警察に電話しようとする志田を、坂口はお客様だし何の証拠もないと止めた。事が片付くまで店にでてくるなと栞子は奥に入れられ、しばらくは大輔のみで店番することになった。志田と藤波も理由をつけていなくなってしまった。
ドアが開いただけの音にも怯える大輔。しかし、入ってきたのは女だった。女は今日論理学入門を売りにきた男がいなかったか?と質問した。買取依頼の本を見つけこの本だといい、男のは坂口昌志(中村獅童)という愛想の悪いおじさんと特徴を言い当てた。女は坂口昌志の妻でしのぶ(佐藤江梨子)と名乗り、本は昌志が大事にしていたものなので持ち帰らせてくれとお願いした。昌志は若いころいろいろやったが、お寺で修行している時に高校時代の先生がこの本をくれ性格も変わってしまったらしい。昌志のお寺は厳しい場所で高い塀があり面会時間も短いと、まるで刑務所と同じような特徴だった。修行を終えて世間にでると世の中がすっかり変わっていたとも昌志は言ったらしい。しのぶはベイエデンという店でホステスとして働いて出勤時間だからと本を持っていってしまった。
大輔が志田にしのぶの話を伝えると、それは寺じゃなくて完全に刑務所だと言った。昌志が嘘をついていると思われるが、しのぶは完全に信じているようだ。栞子はそれらの話から脱走犯じゃなさそうだと言った。2人が出会ったのは出所してからで、脱走犯は今朝脱走したはず。志田はしのぶが嘘をついている可能性を疑い、大輔は逃亡先を知らせるメッセージが本に書いてあると意見を言ったが、古本屋で受け渡すことはないと否定された。志田が栞子の真似をして想像してくださいと言ったが無言になるだけで、自分で分かったと打ち切り、本には逃亡先ではなくて金の隠し場所を示した暗号が書かれていると言った。そんな大事な本なら売らないはずだと大輔は言ったが、しのぶに追われていたので古書店に査定をお願いし一時的に預け明日取りに来ると言って帰ったのだと志田は推理した。
栞子の論理学入門はどうしたのかと質問すると、大輔はしのぶに持っていかれたと言った。買取依頼をされているので、たとえしのぶが妻だったとしてもまずは本の持ち主を説得するべきであって、それまでは持ち主以外に本を渡すべきではないと古書店の心構えを言った。大輔は謝り、ベイエデンというクラブでしのぶが働いていることはわかっているので志田と一緒に向かうことにした。
大輔と志田がベイエデンに行くとしのぶが現れた。大輔は事情を説明し、本を返してもらうようにお願いするとしのぶは何も言わずに店の奥に消えた。逃げる気かもしれないと店の奥に追いかけて行くと、しのぶは本を持って戻ってくる所で謝って本を大輔に返した。3人は席に戻り、しのぶは自分にとっても思い出のつまった大事な本だから手放してほしくないと話し始めた。昌志としのぶが出会ったのは10年前で、しのぶがホステスになりたての頃だった。しのぶは自分のことばかりしゃべってしまいお客をしらけさせるとオーナーに怒られてへこんでいる時に、昌志がお店に来た。最初は何もしゃべらないしこわい人だと思ったが、昌志はしゃべるのが苦手だからとしのぶに話すように促した。しのぶはいろいろ話しているうちに気が緩み泣きながら愚痴をこぼした後に、私は馬鹿で馬鹿にホステスは務まらないから私にホステスはできないと言った。そうすると昌志は論理学入門の本を置き、しのぶが三段論法を使ったからしのぶはばかじゃないと励ました。その瞬間にしのぶは昌志と結婚することを決めた。店をでようとした大輔と志田を無視し、しのぶは話を続けた。昌志は3ヶ月前から様子がおかしくなった。いつも以上に無口になりしのぶとも目を合わせない、急にサングラスを買ってきて、それに前は2人はテレビを見て笑ってくれたが、最近は1人でラジオを聞いている。2人の思い出の本まで売ろうとしていた。一昨日に家中の本を出張買い取りサービスにお願いしたらしい。論理学入門だけはしのぶが気づいて売るのをやめたが、昌志は本を売りに行ってしまった。しのぶはもう昌志に嫌われてしまったのだろうと悲しんでいた。
志田と大輔は栞子に報告する。三段論法で女を口説くのはありえない、すべて嘘だと納得していた。金の隠し場所などが関係ないとすると、昌志はしのぶに前科があることをばれないように許可証のある本を処分したかったのだと大輔は案を言った。栞子は結婚10年にして今更だと反論した。栞子は昌志がしのぶに隠していることが他のあるのではないかと意見を言った。出張買取にだした本を見れば何かわかるかもという栞子は、「確かめてみよう、このままではしのぶがかわいそうだ」と大輔はダメ元でも行動を起こした。
大輔と栞子と志田は出張買取サービスにリストを見せてもらうようにお願いしたが、当然断られた。志田の背取り仲間の笠井がそこに現れ、店員が欲しがっていたスペランカーをだしてリストを見せてくれるようにしてくれた。奥の部屋で売られた本を確認する。月刊日本のお寺という雑誌があった。栞子はそれは月ごとに順番に並べたことで、昌志の行動の謎が解けたと栞子は言った。


次の日約束の4時にビブリア古書堂に昌志はやってきた。買取査定額は状態が良くないので100円だと言った。昌志は納得し100円をとろうとしたが、床に落としてしまった。大輔に100円を渡されそのまま帰ろうとする昌志に、栞子はこのまま奥さんに黙っていていいのですかと問いかけた。そこにしのぶが現れた。後を尾けていたらしい。売っちゃダメだとしのぶは言ったが、自分が決めることだと昌志はこたえた。せめて売る理由は教えて、覚悟はできているとしのぶは食い下がった。栞子は隠し通せるものではないと言った。君たちには何もかも知られているようだなと昌志は覚悟を決めた。
昌志はサングラスをはずし、しのぶにかなり近づいたが顔がはっきり見えないと言い話し始めた。目の中に水が溜まる病気で回復の見込みはないらしい。本を売ろうと思ったのはもう読めなくなったから。どうして目が見えないことが分かったのかと昌志は栞子に問いかけた。
しのぶの話を聞き気になることがあって出張買い取りサービスの本を見せてもらったと話し始めた。月刊日本のお寺の2012年12月号から最新号までの3冊だけスリップがはさまっていた。スリップは新刊書店に入荷される本に挟まっているのもので、通常は売れた時にレジに保管する。これでどの本がどれだけ売れたのかチェックする。しかし、最近は書籍バーコードで在庫管理し、特に大手ネット書店はスリップが挟まったままになっていることも多い。スリップはページをまたぐように挟まっているのではずさないと読めない。スリップが挟まったままということはその本を読んでいないことになる。しのぶの言っていた3ヶ月前からの変化で、テレビを見ない、サングラスをする、本を売ったなどのことから視力が衰えたと判断すると辻褄があう。それを考えると昨日昌志が本を売りに来た時のコートのボタンの掛け違え、買取表の文字がはみだしていることも説明がつく。すべて栞子の言うとおりだと昌志は認めた。
昌志は語り出した。失明の恐れがあり仕事も続けられず誰かの手を借りなければ生活もできない。すべての本を手放すことで目が見えなくなる現実を受け入れ、気持ちの整理をした上でしのぶに話そうと思っていた。しのぶしだいでは離婚を受け入れる覚悟もあった。しのぶに今まで黙っていてすまなかったと謝った。
しのぶはどうして本を売ったのか結局分からないと言った。本は読まれるためにある、手元に残して役に立たないから売ろうとしたと昌志は言った。しのぶは私が読んであげると答えた。「昌志の目が見えても見えていなくてもどうでもいい、ずっと側にいるから。何か話したくなったら声の聞こえる場所にいる。その方が楽しいから」としのぶはいい、昌志はありがとうとお礼を言った。昌志は論理学入門を売ることをやめ、栞子は本を返した。手探りに許可証を触った昌志に栞子はその件は関してはゆっくり考えたほうがいいと言った。
帰ろうとするしのぶに昌志はもう1つ話があると話し始めた。昌志には前科があり、出家は嘘だと告白した。食費すらなく生活費をなんとかするために空き巣に入った。いざとなると迷いが生じて躊躇しているうちに家主が帰宅した。これを黙っていたこと、嘘をついていたことを昌志は謝った。しのぶは、私はばかじゃない、馬鹿じゃないから分かっていた、これも三段論法?としのぶは言った。昌志はしのぶと結婚してよかったと言った。
CAFE甘庵では脱走犯が捕まったことをみんな喜んでいた。離れて本を読んでいる栞子に大輔は話しかける。しのぶがいつから分かっていたのかと大輔が質問すると、実は分かっていなくて知っていたふりをしたと答えた。もし知っていれば軽々しく出家の話を他の人にはしない。もし知らなかったといえば昌志はしのぶを10年間騙していたことになる。目の病気を打ち明けられずに悩んでいた昌志にこれ以上引け目を感じてほしくなかった。昌志の方もしのぶの嘘を分かっていて、優しさをうけとめたのだろうということになった。


ヴィノグラードフ・クジミン著「論理学入門」。この本によると、論理学とは『思想の正しい組み立て』を研究するもの。『三段論法』の他にも様々な法則や形式が紹介されている。例えば『交叉概念』は、シンプルな図で表される。犬好きと猫好き、そして犬と猫も好きな人は図のように表すことができる。『類推』はある結論から引き出す推理の方法。例えば同じ条件の森が二つ存在し、その片方の森にキノコが生えている場合、もう片方の森にもキノコが生えていると『類推』できる。この本は1950年代のソビエトで教科書として使われ、日本ではソビエト論理学の研究に利用された。