そんな相手の誕生日

今日は「相手がいなかった結婚しようね」って言ってた子の誕生日。それでもってお互いまだ独り身、特定の相手もいない。でも、もうあんた30ですよ。お互いそろそろやばくないですか?お互い結婚に焦っていた時期も終え、なんだかもういいやと雰囲気です。このもういいやってのは相手がいなかったから結婚しようかではなくて、結婚なんてもういいやなのです。ついでにいうと2人は付き合っていません。というかほとんど会ってもいません。日本の半分くらいの距離が開いてる場所にいて会うことも中々できません。メールもあんまりしません。3ヶ月に1回くらいか、半年に1回くらいか。それでも友達的な関係は大学の時以来続いていて、なんだかんだで10年過ぎました。
一応誕生日おめでとうとメールはしました。今月になってから確か誕生日は今月の半ばだったなと思い出し、mixiで確認しました。あと1週間かとか、あと3日かとか思っていたのですが、いざ当日になるとすっかり忘れていて日付も19日になろうかという頃に思い出してメールしました。会社勤めの人が日付変わるまで起きているものだろうか。寝てたところなら申し訳ないところです。僕が覚えていたことも意外らしくうれしかったようです。友だちなんだからたとえ用事がなくても、暇してるだろうからもっとメールしてあげるべきか。とメールをして返事が来るたびに思うのですが、その気持ちは1日ともちません。めんどくさいわけではなくて、メールする内容がないからです。十年一日が如く僕には何も変化のない日々なのです。
そんな毎日の中で「相手がいなかったら結婚しようね」という話はおもしろいものです。近くに住んでいたならば、月1でも会ってお酒でも飲んだりしていたならば、本当に結婚になったかもしれません。というかその状況で特に相手がいなければ多分付き合っているでしょう。でも、現実はそんなことなくて遠くにいる。ただ相手がいなかったら結婚しようというものに縋り付いているような、少しでも希望を持っているようなのは楽しいのです。本当に結婚するなんてこれっぽっちも思っていないけど、ロマンティックでバカバカしくていいじゃない!20代の終わりに差し掛かった頃からそう思えるようになりました。楽しければいいなんて若者みたいな生き方は嫌だけれど、年とってからの楽しければいいじゃないは良いことだと思えます。楽しいだけの人生なんて真っ平ごめんだけど、楽しみの残されていない人生もごめんだぜ!